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英語の「何故」が分るときの喜び

西川盛雄(熊本大学教授)

 a heavy wrestler の意味は [a wrestler who is heavy] と解釈して「体重の重いレスラー(相撲取り)」です。他方a heavy smoker の解釈は「体重の重い喫煙者」ではありません。これは [a man who smokes heavily] とパラフレーズして「煙草を(習慣的に)よく喫う人」のことです。構文は一見同じにもかかわらず内部の意味(概念構造)が異なります。前者のheavyは形容詞でwrestlerにかかりますが、後者のそれは副詞でsmokeという動詞にかかっているのです。そして後者は動詞由来複合語といわれる語の一種です。形式は同じでも内部の意味構造は大きく異なることをまざまざと知らされる一瞬です。

 a blind manは <目の見えない人> つまり「盲人」の意味でこれはひとつの句です。これに対してa blind dogは <目の見えない犬> ではなく「盲導犬」という慣例的かつ特異な意味をもつひとつの語(複合語)なのです。両者は同じ表層の構造をしているのに意味内容が異なっています。ここでは強勢(stress)の置かれ方が両者を分ける基準となります。一般的に前者は二番目に来る名詞(man)に若干ですが強勢が置かれますが、後者では強勢は前位の語(blind)に置かれ、後位の語(dog)に置かれることはありません。後者のような例は概ね複合語形成のルールに依拠したものです

 接尾辞がどのような語の後に来るかということも興味深いことです。音楽の演奏家を表す接尾辞は -ist(pianist, violinist)ですが、他に -er もあります(fiddler, drummer)。その使われ方を分ける基準は何でしょうか。前者は歴史上西洋音楽の伝統国ラテン系のイタリア経由の楽器の演奏者の場合に用います。後者は英語本来のゲルマン語系の古英語、中英語またはスカンディナビア系の古ノルド語に由来する楽器の演奏者の場合に用います。ここには歴史的な要因が働いています。一般的に英語の語や文法事項の歴史に関心をもつことによって謎が解けることが少なくないのです。

 今ひとつは辞書記述です。辞書はある言語のある語や成句についての発音、綴り、文法事項、意味、比喩的意味拡張、派生、語源、慣用句表現などさまざまな情報をリスト(list)したいわば人間の言語についての知的財産を集積したものです。musicやmuseumがミューズの神々(Muses)から来ており、windowがwind’s eye(風の眼差し)から成り、bookがbeech(ブナの木)から来ています。太古のゲルマン人たちはブナの木の皮に文字(ルーン文字)を刻んで束ね、運び、大切に保管していた頃のことを思うとこの語がいとおしく思えてきます。このことを通して辞書を<引く>というより<読む>ことの大切さや面白さが分かります。また発音のことで、impossible, insane, ignoble, illogical, irrationalなどはすべて否定概念を表す接頭辞 in- に由来し、admire, affect, assign, attack, acquireなどはすべて移動・方向概念を表す接頭辞ad- に由来します。ここには次に来る基体(語根)のはじめの音によって同化(assimilation)が起こっていることが分かった時は、目から鱗が落ちる思いでした。

 言語表現は交響曲(symphony)の演奏のようなものです。英語の場合は英語の、日本語の場合は日本語の部門(パート)があります。音声/音韻のパート、語形成のパート、文形成(構文)のパート、意味のパート、語用論のパート、歴史的(語源的な)パートなどです。そして各パートがそれぞれの楽譜(code)という文法に従って精一杯の働きをしてはじめてひとつの良き演奏(performance)が出来るのではないでしょうか。

英語の「何故」が分るときの喜び(上)

西川盛雄先生の最新刊

2007年8月31日 掲載


英語の「何故」が分るときの喜び(上)

西川盛雄(熊本大学教授)

 英語学の喜びは英語の「何故」が分ったときにあります。分らない事例を自分で調べて分ったときや先生や友人から説明してもらって分ったときの喜びは大きく、次のステップへの励みとなります。英語には説明のつかない不思議な事例や謎が多いのですが、これらひとつひとつに適切かつ丁寧な説明を与えていくことが英語学の役割なのです。英語の研究を通して英語の native speakerの言語的直感あるいは言語能力の本質に近づこうとすることは私たちが英語を学ぶ上でとても大切なことなのです。

 私の場合、言語の研究に入るきっかけはことばに対する素朴な驚きでした。高校時代から詩歌が好きでしたが、「花が咲いている」という文字通りの表現に関して「花が笑っている」と比喩表現を用いた場合、ナンセンスになるどころかむしろ表現効果がより大きくなるのは何故か、こんなことを考えながら道を歩いていたのを覚えています。The village slept. という文に出会って village がただの「村」ではなく、slept との関係で「村人」を含む村全体の雰囲気を意味することを理解したときすでに語の多義性の研究の入口に立っていました。これが英語における無生物主語の研究を経て卒業論文の「擬人法の研究」となり、後の認知言語学や語用論に繋がる伏線となりました。多義性の理由としてメタファー(隠喩)やメトニミー(換喩)などのメカニズムを考察する中で語彙の意味拡張の原理を垣間見る思いがして心高まったのを覚えています。

 学生時代は故小西友七先生から用例を自分で集めることを教わりました。昆虫採集、植物採集ならぬ言語採集の面白さと大切さを教えて下さったのです。小説、エッセー、雑誌、新聞などの英文を読みながら用例をカードに取ります。珍しい例に出くわすと珍種に出会ったような喜びがありました。また故毛利可信先生からは数理的推論の考え方や言語の事実を基盤にしたきめ細かな論証の手続きを教わりました。そこには謎解きのようなスリルがありました。

 以下は語形成に限って思い出すままに興味深い事例をいくつか記してみましょう。

 接尾辞 -ness は形容詞を名詞にすると思い込んでいましたが、nothingness という語に出くわしたときは驚きでした。よくみるとこの接尾辞の前には名詞が来ているのです。小よく大を制す、というわけではありませんが、むしろこの小さな接尾辞の方こそ前位の要素を形容詞にするという発想をもつに至ったのです。事実 nothing の形容詞の意味(insignificant)を妥当な辞書で確認したときはうれしいでした。

 standoffishness という見慣れない語に出くわしたとき、 [stand off] という動詞句が時制などの統語的要因が消され、慣用句(idiom)化されて名詞となり、これに -ish という接尾語がついてstandoffish(よそよそしい)という形容詞となり、さらに接尾辞 -ness によって全体がstandoffishness(よそよそしさ)という抽象名詞になっていることを理解したとき、語形成の面白さに思い至ったものです。そして各接尾辞の付着の順序性は堅く守られているのです。

西川盛雄先生の最新刊

2007年7月20日 掲載


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