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すずめ百まで

久保田正人(千葉大学教授)

 30 年ほど前、メアリー=ルイーズ・キーン(Mary-Louise Kean)という言語学者の博士論文The Theory of Markedness in Generative Grammar (1975 年) を読んでいたとき、「音韻組織の中核に近づけば近づくほど、不規則の性質が強くなる」という主旨の文章に出会った。意表を突かれた思いであったが、そういえば、言語という体系は、たとえば現代英語の動詞の屈折変化などにみられるように、一面において、周辺部ほど規則化されやすく、中核部ほど規則化に抵抗するところがある。規則化に抵抗するというのは、当初の性質を頑固に保持し続けると言い換えてもよい。

 これは、規則性を見いだそうとする言語学者からすれば、いささかやっかいな性質である。せっかく一定の規則性を見いだし、よし! と思ってさらに進んでいくと、不規則の領域が待ちかまえているのである。この忌々しい悪循環は、研究が進んでいっても、いつもわれわれの前に立ちふさがる。こういう中核部と周辺部の支配のされ方のちがいに接すると、「人間はここから先に立ち入ってはならない」とだれかが言っているような気がしてならない。

 英語の語彙の中に -able という接尾辞がある。通例、他動詞に付いて、受動態の意味を表す形容詞をつくる接尾辞である(-ible で終わる変異形もあるが、以下、-able 形容詞と総称する)。辞典では、capable of being Ved とパラフレーズされることが多い。この -able はフランス語からの借用表現であり、土着の形容詞の able とは関係がない。Oxford English Dictionary という世界最大の英語辞典には、-able 形容詞がおよそ 4000 語程度、記載されており、必要があってそれらを片っ端から、全部、調べてみたことがある。

 そうしたところ、たしかに -able 形容詞は受動態の意味を持っているのだが、ごく少数、能動態の意味も持つものがあった。つまり、-able 形容詞の 99% は受動態の意味だけであるのに、1% は受動態の意味に加えて能動態の意味を持つものもあったのである。例としては、accountable、agreeable、answerable、comfortable、conformable、changeable、favourable、fashionable、responsible、serviceable、suitable などがある。

 この 99% 対 1% の関係はどうなっているのかと、試しに年代順に並べてみた。すると、能動態の意味を持つ -able 形容詞は、この形容詞が登場した最初期の 14 世紀から 16 世紀の、およそ 270 年間に登場したものに限られていた。つまり、その後、爆発的に増加していった -able 形容詞の中核部にだけ能動態の意味が残ったのである。いまでは -able 形容詞といえば受動態と相場が決まっているようなものだが、それに反するようにみえる語彙が、歴史的には、この形容詞群の中核に位置するものであったということなのである。すずめ百まで踊り忘れず、か。

久保田正人先生の最新刊

2008年5月9日 掲載


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