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研究に心ときめく瞬間

戸田貴子(早稲田大学教授)

授業で「外国語を学習した経験のある人はいますか」と尋ねると、ほぼ全員の手が挙がります。そのあとで「発音がネイティブレベルだと思う人」と言うと、ほとんどの人が手を下げてしまいます。面白いことに、子供はすぐにネイティブのような発音を習得するけれども、大人になってから学習を開始した場合は母語のなまりが残ってしまうという印象を持っている人が多いのです。このような印象の裏付けとなる仮説を「臨界期仮説」と言います。もし、それが真実なら、最初から成人学習者にとってネイティブレベルの発音習得は不可能ということになるでしょう。

私の最近の研究テーマは、日本語を学習する外国人にとって「大人になってからでもネイティブレベルの発音習得は可能か」ということです。調査の結果、確かに学習開始年齢は発音習得度と相関がありますが、大人になってから学習を開始した場合でも、ネイティブレベルの発音習得を達成した学習者が少なからず存在することが明らかになりました。このような発音の達人(=学習成功者)の意識や学習方法には、多くの共通点がありました。特に、その学習方法は、外国語を学習する人には大変参考になるものです。

世間には多くの通説があります。通説には実証的な裏付けがなくても、経験的に納得がいくことが多いようです。さらに多くの人々が通説を支持し、それが語り継がれれば、「定説」になることすらあります。しかし、体系的な調査を実施し、分析を進めていくと、印象論だけでは把握しきれなかった新たな側面が次々と見えてきます。それが、まさに研究に心ときめく瞬間です。また、大学院で研究指導をしていて、院生が各自の研究テーマに沿って研究を進めていく過程で、満足感と達成感に満ち溢れた表情を見せることがあります。そのようなとき、私はオーストラリアに留学していた頃を懐かしく思い出します。

私と言語学との出会いは、オーストラリア国立大学に学部生として入学したのがきっかけでした。大学の教授や先輩たちが、精力的にフィールドを駆け回り、原住民アボリジニの言語データを収集し、分析する姿に感銘を受けました。1980年代には日本経済の発展とともに、日本語を学ぶ学生が激増し、オーストラリア国立大学で講師として教鞭を取る機会を与えられました。日本語を教え始めて、母語話者にはごく簡単な発音が学習者には大変難しいということが分かり、それらがなぜ難しいのか、学習者の発音の実態はどのようになっているのか、どのように教えて練習すればよいのかと考えるようになりました。このような疑問が自然に研究課題となり、研究成果は日本語発音練習教材になりました。

「死に絶えていく運命にある原住民の言語を記述し、言語文化の継承のために役立てたい」、「音声習得研究の成果を発音指導に生かし、日本語教育に還元したい」というように、言語研究にはさまざまな目的がありますが、どのような研究でも明確な目的意識に基づいている限り、社会に貢献ができるのではないかと思います。

戸田貴子先生の最新刊

2008年8月29日 掲載


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