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「一旦ドア閉め整列乗車」

石居康男(神田外語大学教授)

 ラッシュアワーのJR東日本のターミナル駅では、乗客が手前の駅から乗ってそのまま折り返し座っていくのを防止するために、全員車両から降りてもらい一旦ドアを閉め再び開けて整列乗車させるのが一般的になっています。これを「一旦ドア閉め整列乗車」と言うようですが、あなたはこれを何と読みますか?「ドアしめ」?それとも「ドアじめ」?私は前者だと思っていたのですが、東京駅の中央線ホームの駅員さんの中には「ドアじめ」と濁る人がいます。このように複合語の第2要素の初めの清音が濁音に変わる現象を「連濁」と言います。同じ東京駅でも京葉線ホームでは今のところ「ドアしめ」のようです。

 日本語の連濁には様々な要因が関与していますが、杉岡洋子さんが1984年にシカゴ大学博士論文の中で指摘した興味深い対比があります。複合語の第2要素が動詞派生である場合、第1要素が第2要素の目的語の関係にある場合は連濁が阻止される傾向にあるというものです。例えば、「物書き(ものかき)」「絵描き(えかき)」に対して「鉛筆書き(えんぴつがき)」「手書き(てがき)」があります。物書きは「物を書く」、絵描きは「絵を描く」のように、第1要素がそれぞれ「書き」「描き」の目的語として機能しています。これに対して、鉛筆書きは「鉛筆で書く」、手書きは「手で書く」のように、「鉛筆」や「手」は「書き」の目的語ではなく副詞的な働きをしています。この傾向に沿った例は、「物干し(ものほし)」対「陰干し(かげぼし)」、「魚釣り(さかなつり)」対「磯釣り(いそづり)」、「借金取り(しゃっきんとり)」対「横取り(よこどり)」、「草刈り(くさかり)対「五分刈り(ごぶがり)」など、数多く見つかります。

 ところがこれは傾向であって例外もあります。第2要素が「狩り」から成る複合語になるとこの対比はなくなります。例えば、「人狩り(ひとがり)」「紅葉狩り(もみじがり)」ではいずれも第1要素は第2要素の目的語の関係にありますが連濁を起こします。第2要素が「作り」「造り」からなる複合語にも例外があります。「罪作り(つみつくり)」「庭作り(にわつくり)」対「活き作り(いきづくり)」「若作り(わかづくり)」のような期待通りの対比もあるのですが、他方「役作り(やくづくり)」「荷造り(にづくり)」のような連濁を起こす場合もあります。実は、上記の「〜書き」にも「人相書き(にんそうがき)」「効能書き(こうのうがき)」のような例外があります。例外の傾向として、第2要素が単独で名詞となりうる例や、複合語が行為やその結果生じたものを表す場合のほうが連濁しやすく、その行為をする人や物を表す場合は連濁しにくいように思われます。

 「一旦ドア閉め」に戻ると、「ドア」は「閉め」の目的語として機能していますので、連濁が阻止され「ドアしめ」が期待されます。「ドアじめ」と発音する駅員さんは「例外」に相当しますが、動作主より行為・結果に例外が起きやすいという観察には沿っています。(まさか「ドアで乗客を閉め出す」という意味ではないでしょう。)三鷹駅では、駅員さんたちが迷われたのか、最近「ドアの一旦閉めきり乗車」という、これはこれで考えさせられる複合表現が使われています。

石居康男先生の最新刊

2008年12月19日 掲載


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