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ことばって面白い、と思ったのは …

吉村あき子(奈良女子大学教授)

 中学生のころにすでに大学で英語学を勉強しようと、英語学が何かもはっきり分からないのにぼんやり思っていたように思います。初めて学んだ外国語の英語に興味を持ち、必然的に母語の日本語との対応関係をみることで、それぞれの言語の特徴を意識し始めました。

 例えば、 ̄儻譴砲Nobody believes itのような名詞句否定が頻繁に現れるのに、対応する日本語の否定文は、「誰もそれを信じない」のように述語否定の形式になります。また、They cleared up the mystery which had been abandoned as hopelessのように、英語には、名詞を手がかりにして2つの文を1つにつなぐ役割をするwhichのような関係代名詞がありますが、それに対応する日本語「彼らは迷宮入りになっていた謎の事件を解決した」にはそれに当たる語彙は現れず、日本語には関係代名詞がありません。どうしてなのだろう?このような疑問がいくつも浮かんできました。

 長い間心の中にくすぶり続けていたこのような疑問が、大学院に入ってことばを本格的に勉強し始めるにつれて、少しずつ解けてきました。先の2つの疑問は全く別の現象に見えて実は根っこは同じなのです。何人もの言語学者が、英語は世界をモノとして捉え、日本語は世界をコトとして捉える、と述べています。英語はモノ(名詞)を際立たせる言語で、日本語はモノを埋没させて事象(コト)に焦点を当てる言語だというのです。確かに、結婚式の招待状には「このたび結婚することになりました」と、そういう事象(コト)が生じたと書いてあるのが普通で、「私たち結婚することにしました」といった個人(モノ)の意思を際立たせたタイプの表現は見かけません。英語のTom likes applesでは主語の位置は決まっていて、動詞の形は主語によって決まり、主語名詞は動詞を支配する力を持っているといえるのに対して、日本語の主語はそのような強い力を持たず、「太郎はりんごが好きです」「りんごが太郎は好きです」のどちらでもOKですし、決まっているのは述語が最後に来る、ということだけです。英語では、モノを表す名詞を中心とする構造を取るのに対して、日本語はコトを表す述語中心の構造を取るのだといわれるゆえんです。そのために‘本語にはnobodyに当たる語がなく、同じことを表すのに、その事象が生じないという述語否定の形で表現するのだと説明できますし、英語は名詞を鍵にして文を展開していくので関係代名詞があるが、日本語は述語を鍵にして文を展開していくので関係代名詞がないのだと説明できるように思えるのです。人が用いるコトバですから、当然共通点もたくさんあります。一方、一見全く異なる現象に見える日英語の相違点が、世界の見方に起因するという考えにもわくわくします。やっぱりコトバは面白い、と思うのです。

吉村あき子先生の最新刊

2009年2月27日 掲載


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