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複合語内の他動詞のふるまいに見る言語普遍性

小川芳樹(東北大学准教授)

 ノーム・チョムスキーという言語学者は、ヒトには「普遍文法(universal grammar)」という言語能力が遺伝的に備わっていると主張しています。小稿では、他動詞が複合語の中に生じるとき、英語でも日本語でも共通に見られるある性質を例に取り上げ、この「普遍文法」の一側面について触れてみたいと思います。  「他動詞」とは、目的語がないと意味が完結しない動詞です。例えば、他動詞washは、(1)のthe clothesのような目的語が意味的に不可欠です。また、英語は、日本語と違って、ゼロ代名詞を許さない言語ですので、John washed.という文は、「自分の身体を洗った」という意味はありますが、いかなる文脈でも、(1)の意味を表すことはできません。

(1) John washed the clothes.

 しかし、英語でも、他動詞の目的語は常に必要なわけではありません。(2)を考えてみましょう。

(2) John washed the dirt off (the clothes/them).

これは、What happened to those dirty clothes?という疑問文に対する答えとして適切な文ですが、ここで、洗った対象 (the clothes/them) を文中に明示する必要はありません。むしろ、これをwashの直接目的語として明示した(3a)や(3b)は非文となります。

(3) a. *John washed the clothes the dirt off.
   b. *John washed the clothes off.

なぜ、(1)と(2)は、同じ動詞washを使った文でありながら、その目的語の現れ方がこのように異なるのでしょうか?  この問いに答えるためのヒントは、日本語から得られます。英語の(2)に対応する日本語の(4a)は容認可能ですが、英語の(3b)に対応する日本語の(4b)はやはり非文だからです。

(4) a. ジョンは(服の)汚れを洗い落とした。
   b. *ジョンは服を洗い落とした。

 なぜ、(3b)や(4b)は非文となるのでしょうか?この問いに答えるために、まずは、(6)を「普遍文法」の原理として仮定してみましょう。

(5) a. Here is the washroom.
   b. *Here is the washroom of your hands.
(6) Xが他動詞であっても、それが別の語Yと結合して複合語の一部となり、
   中心語Yに対する修飾語として機能している場合、Xの目的語は生じない。

(5a, b)のwashroomはroomの一種ですから、この中のwashは複合語の中心語ではなく、中心語に対する修飾語です。そして、このような場合、(5b)のようにwashの目的語としてのyour handsが複合語の直後に現れることはできないわけですが、この事実を説明するのが、(6)の原理です。(6)は「普遍文法」の原理ですから、英語の(5b)に対応する日本語の(7b)が非文になるという事実も説明できます。

(7) a. ここは洗い場です。
   b. *ここは手の洗い場です。

 (4b)に立ち返りましょう。ここで、「洗い落とす」は、「洗う」と「落とす」という2つの動詞を結合して作った「V+V型複合語」ですが、この複合語の中心語は「落とす」で、「洗う」は「落とす」という行為の手段を表す修飾語です。したがって、(4b)で「洗う」の目的語が生じないという事実は、(5b), (7b)と同様、(6)によって説明できます。  以上を踏まえて、英語の(2)や(3a, b)でthe clothesがwashの直接目的語として生じない理由を考えてみましょう。ここで重要なのは、(2)が(8)と同じ意味をもつという事実です。このことに着目し、(9a, b)を仮定しましょう。

(8) John got the dirt off by washing {the clothes / them}.
(9) a. (2)には、主動詞としてgetに対応する目に見えない他動詞GETがあり、the dirt
     はこのGETの目的語である。
   b. washはこのGETを修飾する副詞的要素であり、両者が合わさってwash+GET
    という複合語を作っている。

英語にV+V型複合語は多くはありませんが、crash-dive, freeze-dry, sleep-walkなどがあり、皆無ではないので、wash+GETという複合語の存在は、あり得ない想定ではありません。そして、(9)の仮定があれば、(3a, b)が非文となる事実もまた、(6)の原理によって説明できるのです。  原理(6)は、英語の(2), (3a, b), (5b)、日本語の(4b), (7b)だけでなく、両言語のさらに広範な事実を説明します。まず、(2)はwashをbrush, clean, wipe, shake, beat, rinse, pickなどの他動詞で置き換えても容認可能です。また、(5)のwashroomについて言えることは、cookroom, scrubwoman, bakehouseなどの「他動詞+名詞型複合語」全般に当てはまります。さらに、「洗い落とす」のように、V+V型複合語の最初の動詞 (V1)と二番目の動詞 (V2)の目的語が違う場合、V1の目的語が生じないという観察は、「削り落とす」「飲みつぶす」「振り混ぜる」「勝ち上がる」などにも当てはまります。  日本語と英語は、動詞と目的語の語順、格助詞の有無、V+V型複合語の生産性といった表面的特徴だけからすると、似ても似つかない言語ですが、上で見たように、複合語内の他動詞に対する目的語が生じないという点については、両言語は共通の性質を示します。これは、(6)が「普遍文法」の原理として我々の脳内に生まれつき備わっているからだ、と考えることができます。

小川芳樹先生の最新刊

2009年5月22日 掲載


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