「言語学概論」の学び方

前田直子(学習院大学助教授)

 大学に入って、「○○概論」といった授業は山のように受けた記憶があるが、3年生で専門課程に進学し、履修することになった「言語学概論」はそれまでとは全く違った。何せ、教科書が英語だったのだ。Language and Linguistics: An Introduction(John Lyons著)300ページほどを1年間で読むという。一回の授業で10~15ページ進む。進むといってもK先生は学生に訳させるわけではない。その内容をわかりやすく講義して下さる。しかし、初学者のこちらはそのお話の半分も分からず、頼みのテキストが英語とあって、7月までの前期の間は呆然と過ごしていたような気がする。

 夏休み、一念発起した。まずは訳そうと思ったが、すぐに挫折。専門書をそんなに簡単に訳せるわけがなく、訳した自分の日本語が理解できないのだから、無駄だということはすぐにわかった。方針を転換し、全訳をやめ、パラグラフ毎に要点をつかんでいくことにする。テキストに沿って、小節ごとにB6版のカードにまとめていく。今から思えば感心するほどの丁寧さだが、何せ、年度末には試験があるのだから、その時の勉強でも使えるものにしなければならないのだ。

 最初は1パラグラフを読んで要点を抜き出すのにひどく時間がかかった。何時間かをかけても2~3ページしか進まない。しかし、何回か読んでいると「要するにこう言うことなわけね」ということが分かってくる。全訳するのとは違って気も楽で、だんだんスピードが上がると、「次は何が書いてあるのか」と楽しみになってくるのが分かる。夏休みの間にほぼ1冊を何とかまとめ上げた。後期からの授業では、講義を聴きながら、カードに不足の内容を補っていく。カードの裏側には、言語学事典などで調べた専門用語の解説などを書いておく。試験の前は、そのカードを一枚一枚見ながら、覚えるべきことを暗記していったのだった。

 この「言語学概論」の授業からは、本当に多くのことを得た。基礎的なことがきちんと書かれた教科書の名著なのだろう。日本語でなかったことが、何度も繰り返し、丁寧に読むことにつながり、理解を深めてくれた。だがそれらにもまして貴重だったのは、自分にあった勉強方法を試行錯誤の末に身につけられたという経験そのものだ。そのとき作った200枚ほどのカードは、もう二度と使うことはないと分かっていても、20年後の今も捨てられず、本棚でホコリをかぶっている。

2006年8月25日 掲載