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ことばの仕組み

長谷川欣佑(東京大学名誉教授)

 どんな言語の話し手・聞き手も、いくらでも新しい文を創り出し、それを理解することができる。この、言語の「創造的使用」は、人間の言語の最も基本的な性質であり、これを可能にしている、「ことばの仕組み」—個別言語の文法—を、明確な形で明らかにしようとする試みのなかで、人間の言語は、非常に興味ある性質—高度に組織化されたさまざまな規則性—をもっていることがだんだんわかってきた。「いくらでも新しい文を創ることができる」のは、人間の言語は、1つの構造単位A(たとえばA=S=Sentence=主語・述語構造とする)を、同じAの中に「埋め込んで」より複雑な構造を作る仕組みをもっているからである。

    (1) [S John knows it]
  (2) [S John knows [S that Tom loves Mary]]
  (3) [S Bill believes [S that John knows [S that Tom loves Mary]]]

   (1) のitの代わりにthat節(thatは文を従属化させるしるし)を代入すると (2) がえられる。さらに適当な動詞をえらべば (2) 全体をthat節として取る (3) を作ることができる。この結合方式は(記憶の続く限り)いくらでも続けることができるので言語の「創造的使用」が可能になるのである。

 次に、話し手が暗黙のうちに従っていると考えられる規則性をデータに基づいて発見していく例として、簡単な英語の例—「再帰代名詞」(himselfなど)と、その「先行詞」になりうる名詞句との間には、どのような文法構造上の条件が見出されるか—を考えてみよう。(*印は非文法的であることを表す)

    (4) [S John saw himself]
  (5) [S John is proud of himself]
  (6) [S John talked to Mary about {himself/herself}]
  (7) [S1 John thinks [S2 that Mary admires {herself/*himself}]]
  (8) [S1 Mary told me [S2 that John bought {himself/*herself/*myself} a car]]

(4)-(6) はそれぞれ1つの文(S)構造を含むだけであり、この場合はS内の任意の名詞句が再帰代名詞の先行詞になれる(先行詞が再帰代名詞の前にある場合に限定して考える)。(6) からわかるように先行詞となれるものは主語とは限らない。したがってJohn talked to Bill about himselfはあいまいで、JohnまたはBillを指せる(主語Johnを指すほうが優勢な解釈であるが)。それに対して (7)-(8) は2つのS構造を含んでいて、下のS2内の再帰代名詞は、S2の外にある名詞句を先行詞として取れないことがわかる。このことから、「再帰代名詞の先行詞は、再帰代名詞を含む一番小さなSの中になければならない」と仮定することができる。

 こうして個別言語の規則性を解明する作業を積み重ねていくと、「人間の言語」に共通な普遍的性質—文の組み立て方に関する一般的原則、規則適用に際して働く一般的制約など—が次第に明らかになってくる。そのような諸性質を一般文法の原理として体系化・定式化すると、人間の言語の根本的な性質が解明されることになる。もちろん一般原理と個別言語の研究は相互依存的であり、相互に修正・発見を促し、人間の言語について次第に深い理解がえられるようになるのである。

長谷川欣佑先生の最新刊

2006年6月23日 掲載


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