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鉄火巻派

森山卓郎(京都教育大学教授)

 寿司は大好物。最近はくるくるまわるお寿司を一皿一〇〇円均一で食べるのが、ささやかな幸せだ。ちなみに、我が家の近所の「鉄火巻」だと四つに切ってあってしかも一〇〇円、といささか「お得感」があり、家族にはこれをよく薦める(ただし、めいめいてんで好きなものを食べてしまうので、結局私だけがありがたくいただくことが多い)。

 さて、鉄火巻というのは真ん中のマグロが火で焼いた鉄のようだから鉄火巻きと言うのだそうだが、これと同じ構成がキュウリ巻である。どちらも、「巻かれるモノ+巻き」という構成になっている。「鉄火巻」は「鉄火を巻いた寿司」であって、「鉄火で巻いた寿司(うまいだろうなあ)ではない。キュウリ巻もしかり。

 一方、「卵巻」「昆布巻」「海苔巻」はどうだろう。これらは「巻くモノ+巻き」という構成になっている。例えば、「卵巻き」は「卵で巻いた寿司」のことである(英語のegg rollはちがいますな)。「昆布巻き」は「昆布で巻いた料理(これはお寿司ではない?)」だし、「海苔巻」だったら「のりを中心にしてご飯をまいた食べ物」ではなく、「ごはんとかあられとかをのりで巻いた食べ物」である。

 さて、こう見てくると、ここに深刻な対立ができる。言葉ファンのみなさまならおわかり、「x巻き」は「xで巻く」のか「xを巻く」のかという問題である。海苔巻派と鉄火巻派。あなたはどちら派?

 寿司店を出て飲み屋に行くと、たちどころにこのヒントに出会う。「アスパラの牛肉巻き」である。「アスパラを牛肉で巻いてある」のがこの料理。「牛肉をアスパラで巻いてある」という超絶技巧の料理ではありません。おそらく「x巻き」は「xで巻く」のが一般的なルールなのである。ちなみにまわりの人たちに「牛肉の湯葉巻き」と「湯葉の牛肉巻き」でそれぞれどんな意味になるかを聞いたら、やはり同じだった。前者は牛肉を湯葉で巻いた料理、後者は湯葉を牛肉で巻いた料理を思い浮かべるそうだ。だから、例えば、「包丁をさらしで巻く」のなら、「包丁のさらし巻き」である。「さらしの包丁巻き」というとたいがいの人は、「な、なんや?それ」といった反応を示すのではないか。

 かくして、「鉄火巻」や「キュウリ巻」は、「海苔巻」や「卵巻」に、語構成のルールの一般性としては「負ける」のである。語彙的に特別な構成ということになる。しかし、こんなことは珍しくない。「カリフォルニア手巻き」は「カリフォルニア風の手巻き寿司(手を使って巻いた寿司?)」だし、「ゆでタマゴの軍艦巻」なんていうのは「ゆで卵を握り風のご飯にのせて、軍艦を連想するような形でそのご飯のまわりにのりを巻いてある寿司」である。ここにも語彙的なものがたくさんある。お寿司の世界は豊かなのだ。

でも、ま、食べるのなら、私は「単なるご飯の海苔巻」ではなく、「鉄火巻」がいい(ホントはちょっと高いけど、「トロ鉄火巻」なんかがいい)。ということで、私は「鉄火巻派」なのである。え、「キュウリ巻き」じゃないのって?うーん、語構成はともかく、同じ一〇〇円なら、やっぱり鉄火でないと・・・。

森山卓郎先生の最新刊

2010年1月8日 掲載


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