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鯛焼きは何で数えますか

李在鎬(国際交流基金 日本語試験センター 研究員)

四谷駅から徒歩数分のところに,東京鯛焼き御三家の一つとされるお店があります。薄皮のパリッとした食感に加え,頭から尻尾の先までぎっしりと餡が詰まっていて,なかなかの絶品なのです。この味を求めてくる常連さんも多いらしく,いつ行っても長蛇の列ができています。私もその常連の一人ですが,お店の入り口で自分の順番を待っていると,時々こんなやり取りを耳にします。

   店主: いらっしゃい,何尾致しましょうか
   お客: 三個ください。
   店主: 三尾ですね。

 店主はどういうわけか,鯛焼きを「〜尾」で数えることにこだわりを持っているようです。一方,客の方はまちまちで,「〜個」だったり,「〜つ」だったり,「〜匹」だったり,「〜本」だったり,それぞれが好きな数え方をします。

 さて、言語学の世界では,この「〜個,〜つ,〜尾,〜匹」といった語彙を「助数詞」と呼んでいます。この助数詞という品詞は,一言でいえば「数字の後ろに付いて数えることを手助けする語」ということになっています。すなわち「助」の「数詞」というわけです。

 ところで,この助数詞という品詞の使われ方を色々と見ていると,面白い事実に気付かされます。二つほど挙げてみたいと思います。一つ目に助数詞には物の分類に関わる私たちの視点が反映されています。そのため,助数詞の使われ方を見ることで,私たちが自らの世界をどう見て,どう言葉化しているのかを具体的に知ることができます。例えば,「レンコン」や「あんず飴」のように全体として細長い形をしていれば「1本」と数えたくなります。「遠足」や「恋」のような出来事に関係するものであれば「1回」と数えたくなります。同じような例として「皮ジャン」であれば「1着」,「競馬」であれば「1レース」,「製麺機」であれば「1台」,「おすぎとピーコ」であれば「1組」,「日本国総理大臣」であれば「1人」と数えます。このことは,各々の物体や概念が持った自らの性質によって,それが入るべき自然分類上のカテゴリーが決まっていて,そのカテゴリーに対して適切な助数詞が決まっているということで理解することができます。こうした特徴を持っていることから,助数詞は「類別詞」(物の類別に関わる詞)という名前でも呼ばれています。二つ目に助数詞の選択には,(単に対象物の属性だけでなく)対象物と発話者がどう関わっているのかが重要な要素として関係しています。このことを象徴する例があります。オオクワガタ虫のマニアの方はオオクワガタ虫を数える時に「1匹,2匹」ではなく,「1頭,2頭」と数えるそうです。色々な理由があるようですが,飼育者が手をかけて育てるという文脈では「頭」で数える慣習があるようです。似たような例はほかにもあります。家で犬や猫を飼っている人の多くは,犬猫を「1匹,2匹」ではなく,「1人,2人」で数えることがあります。これは,犬猫を小動物としてではなく,家族の一員として位置づけているからです。ついでに我が家にもネコが二人います。さて,以上の事実は,「何で数えるのか」の問題は数える対象自体が持つ外的属性,例えば「自然物である」,「人間ではない」,「小動物である」といったことだけでは,決まらないことを示します。

 これまでの例から視点や見方の問題が助数詞の使用にとって,いかに重要かということが分かってきたのではないでしょうか。実は,「どのような視点」で,「どう捉えるのか」という問題は(助数詞の問題に限らず)言語表現の選択にとって大変重要な問題です。多くの研究者たちもこのことに気付いていました。しかし(認知言語学が登場するまでには)視点の問題はまじめな研究の対象だとは考えられてきませんでした。なぜなら視点という存在は限りなく主観性に満ちた概念であり,それを科学のレベルで扱うことは容易ではなかったからです。そのため,多くの言語研究者が自然と視点の問題を言語研究の領域内にあるものではない,言語外の要素だと信じてきました。ところが,認知言語学が登場したことで地殻変動とも言える動きが出てきました。認知言語学では,視点の問題こそが言語表現の多様性を生み出す根源であると考えています。そして,言語の研究は,視点の研究であり,究極的には人間そのものの研究であるべきだと考えています。そのことを踏まえ,視点を科学的に扱うため,色々な分析モデルを提案してきました。近年は,こうした努力が実を結び,視点の問題は言語の意味を考える上で欠かせない要素であるという認識が定着しつつあります。そして,視点の問題は言語外の要素どころか言語研究の中核的テーマになりうるという認識が色々な研究文脈で明らかにされています。

李在鎬先生の最新刊

2010年9月3日 掲載


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