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Chinkと呼ばれて

山田英二(福岡大学教授)

 「Chink!」・・・少女は初め、それが自分に向けられた言葉だとは思わなかった。しかし、とうとうある日、家に帰って聞いてみた。 「ねぇおじいちゃま、わたし時々チンクとか、ジャップって呼ばれるの。それ、何のこと?」 優しかった祖父は、しばらく黙って彼女の顔を見ていたが、静かに答えたという。 「卑しい言葉だ。サチは決して、そんなことばを使うひとになってはいけないよ。」

 ChinkのOED による初出は1901年となっているが、実際には 1880 年頃にはすでに使われていたようである。目が細いという偏見のために、chink (細い裂け目)という語が結びついたという説があるが、いずれにせよ Chink とは、「中国人」、転じて東洋人に向けられた蔑称である。Japanese という語は、Jap と縮約されるが、Chinese は、Chi や Chin ではなく、Chink となる。音韻的にみると、Japanese は主強勢を持つ -(n)ese の前に Ja, pa と軽音節を二つ、Chinese は二重母音を含む Chi という重音節を一つ持つという違いがある。それらが結果的に、短母音を中心とした Jap, Chink という重音節一つの語になる。

 さて冒頭の話の「おじいちゃま」というのは、私の祖父の兄にあたる。曾祖父古藤亀吉が四人の子を伴い、米国 Idaho 州 Twin Falls に移住したのは、20世紀が明けようとする頃のことである。大陸横断鉄道敷設に沸き立つその町で懸命に働いた彼らは、やがて Tom’s Cafe という名のレストランを開いた。天井に大きな扇の回る、瀟洒な煉瓦の二階建ては当時まだ珍しく、結構繁盛したようだ。今も数葉のモノクロ写真が手元にある。

 総距離2,859キロに及ぶ鉄道建設は、Chink と罵られた中国人労働者たちの流した汗なくば、到底なし終えなかった大事業であったろう。また、アメリカに残るという選択をした古藤の親戚たちは、戦時中 Internment Camp に強制収容され、相当な苦労を忍んだと聞く。逆境を乗り越えたあまたの日系人の、その後の活躍ぶりについては、ここで改めて言及する必要もないであろう。同胞として誇らしい思いである。

 かの少女の名は、Sachi Koto(日本名: 古藤 幸)といい、Chink と呼ばれて奮起し、いっそう勉学に励んだ。大学でチアリーダーに選ばれる人気者になり、CNN 初のアジア系ニュースアンカーとしてプライムタイムのメインキャスターを16年間務めた。二ヶ国語を自在に操る彼女は半世紀を経た今もあいかわらず美しく、日本というもう一つの母国への帰郷を、いつも楽しみにしている。

山田英二先生の最新刊

2010年9月17日 掲載


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