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「あさきゆめみし」の言語学

丹羽哲也(大阪市立大学教授)

 「いろは歌」を、みなさんはちゃんと覚えていますか?

    いろはにほへと ちりぬるを    色は匂へど 散りぬるを
  わかよたれそ  つねならむ    我が世誰ぞ 常ならむ
  うゐのおくやま けふこえて    有為の奥山 今日越えて
  あさきゆめみし ゑひもせす    浅き夢見じ 酔ひもせず

 この第4連の「浅き夢見じ」を「浅き夢見し」と覚えている人が少なくないようです。『源氏物語』をマンガ化した『あさきゆめみし』(大和和紀著)という作品があるくらいですから、かなり定着しているとも言えます。古文献には濁点がなかったので、原文の「し」は「ji」と読んだ可能性も「shi」と読んだ可能性もあります。「浅き夢見じ」だと、「(これから)浅はかな夢を見ることはしないようにしよう」という意味ですし、「浅き夢見し」では、「(今まで私の人生は)浅はかな夢を見ていた」というような意味になります。『あさきゆめみし』では、光源氏が亡くなり、物語の第1部が終わるところで、「いろは歌」が「浅き夢見し」という形で引用されています(『源氏物語』の原文にはありません)。

 学校で習う古典文法では、「し」は過去の助動詞の連体形、「じ」は打消の意志を表す助動詞の終止形・連体形・已然形です。この歌は「見じ/し」のところで文が切れていますから、終止形が来ることが期待されます。「見じ」ならば終止形として問題はないのですが、「見し」は連体形でここに用いるのはおかしいということになります。もし過去の助動詞を用いるなら、「浅き夢見き」としなければいけません。

 このように考える限りでは、「浅き夢見し」は単なる間違いなのですが、古い時代にも、「浅き夢見し」と理解されていたということを示す文献もあります。ポルトガルから来た宣教師ジョアン・ロドゲスという人が表した『日本大文典』という書物(1604-8年長崎刊)には、「いろは歌」が次のように紹介されています(土居忠生訳)。        い、ろ、はの全部の綴字は、次のやうに甚だ立派な意味を持った二つの二行詩の中に包含され、又それによって記憶される。

    咲く花の、色は匂へど散りぬるを、/わが世誰ぞ、と言ふぞはかなし。
    常ならむ有為の奥山今日越えて、/浅き夢見し酔ひもせず。

 「咲く花の」「と言ふぞはかなし」という余分な語句がついています。この「いろは歌」の引用部分は、独特のローマ字で記されており、問題の部分は、「a,sa,qui,yu,me,mi,xi」となっています。この「xi」は「shi」と同じで、「浅き夢見し」なのです。

 室町時代には動詞などの活用が平安時代から変化していて、もともと連体形であった形が終止形として用いられていました。例えば平安時代なら「戸をあく」と言ったのを、「戸をあくる」と言うようになっていました。室町時代の文法をもとに考えれば、「浅き夢見し。」という理解もあながち間違いとも言えなくなります。実は、平安時代の文法に照らしても、当時の語法の実態を見れば、「浅き夢見し。」でよいという見解もあるほどです。

 日本語の乱れということがあれこれ指摘されますが、言葉が正しいか間違いかはそんなに簡単には決められないということが少なくありません。間違いと片づける前に、用いられる表現をあるがままに観察するところから、言語学は始まります。

丹羽哲也先生の最新刊

2006年6月23日 掲載


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