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「破れない文法,破れる文法」

砂川有里子(筑波大学教授)

 文法というものを考えたとき,規則を暗記したり規則を使ってことばを分析したりしたことを思い出す人が多いのではないかと思います。私の頭の中にも「ありおりはべりいまそかり」などという何やら呪文のようなフレーズが住み着いていて,ときおり脈絡もなく口をついて出たりしますが,これも学校で覚えさせられた文法知識の断片です。大学に入って言語学を学ぶまで,すでに存在する規則を学ぶことが文法だと思っていました。しかし,言語学を学んでからは,私たちが無意識に使っている普段のことばの中からまだ誰も気づいていない規則を探し出すことが文法の仕事だと知りました。さらに時がたち,外国人に日本語を教える仕事に就いてからは,文法には規則ばかりでなくもっと柔軟で人間くさいものがあることを知りました。規則というのは破れば何らかの不都合が生じるものですが,文法の中には,破るとかえって豊かな意味が生まれてくるものがあるのです。そこで,破ると不都合が生じる文法と不都合が生じない文法のそれぞれの例を見てみましょう。

 日本語を話す外国人から「きのう友達を会いました」と言われたらどうですか?「友達を会う」は間違いで「友達に会う」と言わなきゃだめだよと訂正したくなりませんか。これが破ると不都合の生じる文法です。

 一方,文法の中には,「助詞の「は」は聞き手にアクセス可能な古い情報を表す」という決まりがあります。これは聞き手に分からないようなものを指す場合に「は」は使えないという決まりです。「昔々あるところに」というような句は物語でよく耳にしますが,これを「昔々あるところにおじいさんとおばあさんはいました」とするとちょっと変ですね。聞き手に知りようのない新しい登場人物を指すのに,その人物が「は」を伴っているから変に感じるのです。しかし,それにもかかわらず,小説の中にはいきなり「ファラオナ・マクニコルは美しかった」などといった文で始まるものがあります。読者にはまったく知るよしもないことですが,作者はあたかも読者が知っているかのように語り始めることで,読者を物語世界の中に引き込むのです。「は」は「古い情報」という決まりを破ることで,かえって豊かな物語世界が描き出せるわけです。

 日本語を教えていると,外国人の少しおかしな日本語からこれまで気づかれなかった文法が発見できることがあります。それが楽しくて私は文法研究の虜になりました。

砂川有里子先生の最新刊

2010年10月15日 掲載


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