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連載: 「痛み表現」について 2

安井稔(東北大学名誉教授)

3. 痛み表現とオノマトペ

 擬声語、擬音語のことを、英語では「オノマトピーア」(onomatopoeia)と言う。最近ではonomatope(s)という形も用いられているらしい。日本語では、もっぱら「オノマトペ」である。フランス語のonomatope´に由来する。「オノマトペ」のほうが、「オノマトピーア」よりも、日本語に、すなわち日本語の音結合に、なじみやすかったことになるのであろう。

 最近では、ゆるやかにオノマトペの使用領域が拡張され、音声や音響と直接的には結びついていない場面においても使用されるようになってきているようである。例えば、「しくしく痛む」などのような痛み表現も、オノマトペであるとされている(丸谷才一・中井修「賢い患者は日本語が上手」『文芸春秋』平成18年3月号)。「しくしく」痛んだり、「ずきずき」痛んだりしても、具体的な音響を伴うわけではない。したがって、オノマトペというのは音声や音響を伴う場合に限られるとする立場からは、一種の誤用であるとすることもできる。が、現在では、オノマトペの拡張用法であるとするほうが妥当であるかもしれない。

 こういうことを承知の上で、以下、日本語のオノマトペと英語のオノマトペとでは、どこがどう違うのか、少し考えてみることにしよう。まず、数の上でいうと、日本語のほうが英語より断然多いと言ってよいであろう。風と雨のオノマトペ(例えば「そよそよ吹く風」、「ひゅうひゅう吹く風」、「しとしと降る雨」、「ざあざあと降る雨」など)だけを比べてみても、このことは明らかであろう。

 日本語は、英語よりも、オノマトペの数が多いということは、日本語には英語にはないオノマトペがたくさん含まれていることを意味する。ここで、日本語におけるオノマトペを二つのクラスに分け、一つは英米と共通のもの、もう一つは日本語特有のものとしてみよう。この場合、日本語における二つのクラスのオノマトペが互いに異なる原則に基づいて作られていると考えるのは不自然であろう。したがって、英語と日本語とに共通であると考えられるオノマトペに関し、その異同を明らかにすることができるなら、それは日本語のオノマトペ全体を規定している特性を明らかにするのに役立つであろう。

4. 日本語のオノマトペと英語のオノマトペ

 日本語のオノマトペと英語のオノマトペとを比べようとするとき、ともすれば、興味本位のお笑いネタの提供ということに堕しやすい。それを避けるために、ここではまず、結論的に、日本語のオノマトペと英語のオノマトペとを分けていると思われる特性をできるだけ原理的に述べることから始めることにする

 まず日本語のオノマトペには自然界における音(例えば、風の音、雨の音、川のせせらぎ、木の葉のざわめき、など)、動物や鳥の鳴き声、人間の泣き声や笑い声などに対し、いわば「ことばの鏡」ともいうべき一種の鏡を用意し、その鏡に写ったままをできるだけ忠実に言語化しようとする特性がみられる。

   「できるだけ忠実に言語化しようとする」ということには、二つの注記が必要である。一つは、オノマトペがあくまでも言語化されたものであり、ものまね達人の「声による模写」とは異なるという点である。もう一つの注意すべき点は、「できるだけ忠実に」とはいっても、自然界や人間界における音が日本語のオノマトペとして言語化される際には、日本語における音結合の形に従うという制約を持っている、という点である。平たく言えば、片仮名書きできないものはオノマトペとして用いることはできないということである。

   そういうことなら英語も同じではないか、と言われるかもしれない。が、そうは言っても、英語のオノマトペ自体均質的ではない。それは、大まかに言うと、二つの層に分けるのがよいと思われる。語彙化(lexicalization)の進んでいないものと、進んでいるものとである。

   ここで、語彙化の名で呼ばれている現象について、少し触れておくべきであろう。これは、「日・英語におけるオノマトペの比較」ということが論ぜられる際、通例、見事に抜け落ちている点でもある。しかし、私見によれば、日本語のオノマトペと英語のオノマトペとを分けている弁別的特性は、[±lexicalization] であると言ってよいように思われる。

   具体的な例で見てゆくことにしよう。「コケコッコー」は“cock-a-doodle-do”で「ワンワン」は“bow wow”、「ニャーニャー」は“mew”、「(フクロウの)ホーホー」は“hoot”である。これらは、語彙化の度合いがあまり進んでいない英語のオノマトペの例である。その限りで、日本語のオノマトペに近いといってよい。

   それでも、語彙化の度合いは英語におけるほうが大きい。例えば、「外でネコがニャーニャーいっているのが聞こえた」と“I heard a mew of a cat outside”とを比べてみることにしよう。この場合、mew は、その不定冠詞からも分かるように、可算名詞として目的語という文法的機能を担っている。

   ここで思い出されるのが、わらべ歌の「マクドナルドおじさんの農場」(Old MacDonald Had a Farm) である。ここには、たくさんの動物が出てくるが、その鳴き声にはすべて不定冠詞がつけられている。というより、不定冠詞のついていない、いわばはだかの名詞を探してみたが、見つからなかったのである。例えば、duckなら a quack、pig なら an oink、sheepなら a baa、cat なら a mew、cow なら a moo などである。どの鳴き声も語彙化されており、純粋なオノマトペ的表現ではなくなっている。

   純粋のオノマトペを可算名詞扱いにするのはオノマトペを「もの化」しているということであり、これは英語という言語の際立った特性である「具象化」(objectification)の一例であるとみることができる。

安井稔先生の最新刊

2006年9月1日 掲載


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