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母語に目が開かれるとき

益岡隆志(神戸市外国語大学教授)

 私はこの歳になって授業が楽しくなってきました。というのも、私の授業は日本語について考えることをテーマにしていますが、そこでは日本語を母語とする学生(日本人学生)と日本語を外国語とする学生(留学生)が同席しているのです(私自身は学生時代にこのような授業に出た経験はありません)。

 このような授業で何が起こるかというと、母語と外国語がぶつかりあうということです。つまり、日本語は、日本人学生にとっては何不自由なく使ってはいるけれども中身を考えたことのないコトバであり、留学生にとっては自由には使えないが中身についてはいろいろ考えているコトバです。また、授業では日本語と比べるために、留学生の母語についても話題にしますが、この場合、立場が逆転します。留学生にとっては何不自由なく使ってはいるが中身については考えたことのない母語が、日本人学生にとっては考えたことがある、知りたい外国語ということになります。

 先日の授業で「オノマトペ」(「ビュービュー」、「はきはき」のような語で「擬音語・擬態語」とも呼ばれます)のことが話題になりました。日本人学生にはとても身近な表現ですが、それらがどんな意味で使われるのかを説明するのは大変です(特に擬態語の場合)。留学生にも彼らの母語に「オノマトペ」のようなものがあるかたずねてみると、「ある」との答え。でも、それがどんなふうに使われるか質問してみると、やはり説明には大いに苦労するのです。

 このような授業は、自分のコトバ(母語)と相手のコトバ(外国語)のことを考えるうえで絶好の機会になります。誰でも自分のコトバは無意識のうちに身につけたものなので、普通、それがどんなふうにできているのかを考えることはありません。そのコトバを外国語とする人たちに説明するというような機会があって初めて、自分のコトバが気になってくるわけです。そして、自分が学習している、興味を持っている外国語もそのコトバを母語とする人にとっては説明することが難しいコトバなのだということに、初めて気づくことになるのです。

 自分の母語が相手にとっては外国語であり、相手の母語が自分にとっては外国語であるということの本当の意味に気づけば、新しい世界が開けます。相手のコトバだけでなく、自分のコトバのことも知りたいという気持ちになるにちがいありません。

益岡隆志先生の最新刊

2006年9月29日 掲載


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