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「比喩はおいしいか」

牧野成一(プリンストン大学教授)

 のっけから「比喩はおいしい」などと書けば、みなさんはなんか妙だなと思うかもしれません。普通は「おいしい」というのは食べ物か飲み物にしか使わないからです。広辞苑の第5版でも「味がよい、うまい」としか記述されていません。しかし、私は「比喩はおいしい」ということによって、ただ単に知的に「比喩が興味深い」というのでは伝えられないものを伝えようとしているからです。別に比喩を食べて生きているわけではありませんが、それに近い感覚を持っているのです。1980年に書かれたとても興味深いLakoff & Johnson の本のタイトルはMetaphors We Live Byですが、このタイトルは私の「比喩はおいしい」よりもはるかにおいしい表現です。だれも比喩で生きているとは思っていないのに、いや、だからこそ、著者たちは挑戦的な比喩表現をタイトルにしたのだと思います。私の使った比喩は隠喩ですが、もし「比喩は食べ物のようにおいしい」といえば、それは直喩になります。「食べ物のように」というのは言わずもがなの部分ですから、私は隠喩法を使ったわけです。もし私が「比喩」をただの修辞法として冷ややかに見ていれば、「比喩はおいしい」というような隠喩を使わなかったでしょう。私が比喩を至近距離で共感を持って考え始めたのはここ7,8年のことで、その前だったら「比喩がおいしい」などとはつゆ思わなかったでしょう。つまり、同じ対象をどのような視点で見るか、私たちは主観的な視点を構築しているわけです。このような心理的な意味構築を認知言語学の構築者であるLangackerは “construal” ということばで表現しています。

 ところで、比喩に個人的な、創造的な比喩と、だれしもが慣用句として使う比喩という区別をよくするわけですが、実はそんなに簡単に二つに分けることはできません。例えば、村上春樹が「もし僕らのことばがウイスキーだったら」と言っていますが、たいていの人は、さすがに村上は比喩がうまいなあ、と思うかもしれません。実は7,8年前の私だったら、そう思ったでしょう。村上さんには私の勤めるプリンストン大学で直接お会いしているし、お話をしたこともあります。私は村上春樹が大好きです。(この文はあいまいですね。お分かりですか。一つは換喩(メトノミー)で、村上さんの作品を指し、もう一つは彼の人となりを意味します。)ですから、彼の上記の表現がそれほど創造性・想像性の高い表現ではない、と言っても彼を否定的に批判しているのではありません。私たちは「ことばは液体だ」と思っている証拠らしきものがかなりあるのです。日本語では、「秘密が漏れる」、「噂が流れる」、「流れるような話し方」(流暢な話し方)、「よどみなく話す」、など普通は液体についていう語彙がことばを主語にしています。つまり、これは先ほど触れたLakoff & Johnsonが書いていることですが、私たちの頭の中にはさまざまな「深層の比喩」(Conceptural Metaphor) がつまっているようです。村上さんをはじめ、作家たちはそれをそれとは知らずに一見新鮮に見える表現をしているのにすぎないのです。私は作家気取りで「比喩はおいしい」などと書いたのにすぎません。もっとも今どきは「おいしい話」、「おいしいアイディア」などはごく普通に会話で使われています。さらに、「あの人は話がうまい」などは完全に日常表現です。この「うまい」はもともとは「味がいい」という意味で、それから「上手だ」とい意味が派生したものです。「上手だ」という意味で使っても、「おいしい」という意味が今でも付加されているのだと思います。

 最後に宣伝をさせていただきますが、実は比喩の中には日本語を超えてかなり汎言語的なものがあります。私は目下日本語、英語、韓国語、中国語に共通な比喩を探しています。手始めに日英語に共通の比喩をミシガン大学の岡まゆみさんと辞書の形にまとめ、くろしお出版から出す予定です。辞書がおいいしいかは別として、日本語、英語を外国語として学習している人にも、比喩学を面白いと思っている人にも是非読んでいただきたいと思っております。

牧野成一先生の著書、訳書

2006年10月13日 掲載


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