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連載:「痛み表現」について5

安井稔(東北大学名誉教授)

9. 結 語

 痛み表現は、原則的にはメタファーの世界である。「ズキンズキンする痛み」(a throbbing pain)という痛み表現は、どんなに言い換えを重ねていっても、所詮メタファーの世界の外側に出ることはできない。

 隠喩(メタファー)というと、一般に、「雪のような肌」「バラのようなほほえみ」などから「ような」を除いた表現、すなわち「雪の肌」「バラのほほえみ」などを指すと説明されることが多い。が、これは、メタファーのいわば本命ではない。

 メタファーの本命は、表現したい意味内容はあるのに、それを表現するのに適切な表現が見つからないという場面に際したときの働きにある。適切な表現が無いからといって、「無い表現」を用いることはできない。既存の表現を用いるしかない。そこで駆り出されるのが、表現したいと思っている意味内容とどこか似ているところのある意味内容を表す表現である。「あいつはタヌキおやじだ」とか、「あいつはまるでヘビだ」などの例で考えてもよい。

 メタファーでない痛み表現はもちろんある。代表的なのが「痛み」(pain, ache)、「痛い」(hurt)などである。が、それらは、上述したように、痛みのいわば外側の世界のものである。「どのように」と問えば、メタファーの世界に入って行かざるを得ないことになる。

 これに、オノマトペ的表現がいわばかぶせられると、痛み表現はなんとなくにぎやかになってくる。このオノマトペ的要素は、語彙化の進んでいる英語ではあまり見られない。

 問題は、語彙化の進んでいる英語とオノマトペ的表現を多用する日本語とでは、どちらが医者に病状をより正確に伝えうるかということであろう。結論的に言うと、こういう比較をすることはできないということになるのではないか。そういう比較がわずかに可能であると思われるのは、医者と患者とがともに堪能な二言語使用者である場合であろう。

 こういう場合でも、どれだけ正確な比較ができるか疑問である。メタファーによって示される意味には、「お察しいただく」という部分が、通例、含まれているからである。比較的紛れがないと思われる「胸やけ」(heart burn)のような場合でも、全く見当違いをしている初診患者がいるという話も聞いている。

 結局、日・英の痛み表現を比較するとき、その優劣を論ずることは不可能でもあるし、あまり意味がないということになるであろう。それぞれの言語は、この分野においてもそれぞれの言語なりに自足しているということである。「のどが痛い」ときにはsore throatで済ませ、「肩がこっている」ときにはa stiff neckで済ませる。それで不自由はないのである。が、すでに述べるところがあったように、「しみる痛み」の様子や「しくしく痛む」様子をそのまま英語で伝えることはできない。英語で痛みを伝えるには、英語の中に敷かれている痛み表現のレールに乗せなければならない。それが英語による伝達の限界でもある。

安井稔先生の最新刊

2006年12月1日 掲載


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