ことばの面白さ
大庭幸男(大阪大学教授)
高校生のころ、興味半分で夏目漱石や川端康成の小説の英訳本を読んだことがありますが、その時役にたったのはいわゆる学校文法でした。特に、英語の基本文型(5文型)は、英語の文の成り立ちを理解するのに有益でした。たとえば、次のような例に出くわしたとき、授業で習った基本文型を思い出して、これらの文を第5文型(SVOC)と分析し、それに沿って解釈したものです。
(1) a.They painted the house red.
b.She wiped the table dry.
c.He kicked the door open.
d.She watered the tulips flat.
しかし、英訳本を読んでいますと(1)に似て非なる文に出くわすことがよくありました。たとえば、(2)のような文がその例です。
(2) a.She danced herself tired.
b.He shouted himself hoarse.
c.He talked us into stupor.
d.She laughed the actor off the stage.
そのとき、「なぜこのような表現が正しいの」と思ったものです。なぜなら、(1) の動詞(paint, wipe, kick, break)はすべて他動詞だから目的語を取ることができますが、(2) の動詞(dance, shout, talk, laugh)はすべて自動詞なのに目的語をとっているからです。言うまでもなく、これらの動詞は目的語をとることができませんし、物を主語にとる動詞freeze, solidifyなどの場合と異なり形容詞句(AP)や前置詞句(PP)が後続しても正しい文にはなりません。
(3) a.*Mary danced herself. / *Mary danced [AP tired].
b.*Richard shouted himself./ *Richard shouted [AP hoarse].
c.*The professor talked us. / *The professor talked [PP into stupor].
d.*She laughed John. / *She laughed [PP off the stage].
(4) The lake {froze/solidified} {[AP solid]/ [PP into a hard block]}.
しかし、(2)の文の動詞は自動詞であるにもかかわらず、目的語と形容詞句あるいは目的語と前置詞句をとると奇妙なことに文法的になります。現在、このような文がなぜ正しい文になるかについての理論的な解明が試みられています。 私が英語学の道に進むようになったきっかけは、高校時代に抱いたこのような素朴な疑問でした。一個人が「不思議だとか面白い」と感じることばの現象は、他の多くの人も同様に感じ、その謎を解明したいと思うものなのですね。
大庭幸男先生の最新刊
2007年1月12日 掲載