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ことばと文字の力

原口庄輔(明海大学教授)

 ことばはすばらしい威力をもっている。われわれは、ことばによって、現在のことだけでなく、見たこともない過去や未来のことをことばで言い表すことができるし、知ることができる。例えばわれわれはインドの古代文明が驚くほど進んでいたことを知っている。それは、インドの古代文明が文字をもっていたので、当時のことが文献によってかなり詳しく知ることができるからである。しかも、遙か昔の紀元前400年頃のサンスクリット語を記述分析したパーニニ(Panini)の文法などは、現在の文法理論の観点からも優れたものであり、現在の文法理論にも影響を与えるようなすばらしい体系をもっていたことすらわかっている。

 これに対して、筆者が2005年末から2006年初めに訪れたペルーのインカ帝国では、(ことばは使われていたことは疑う余地はないが、)文字をもっていなかったので、その詳しい実態は今ひとつわかっていない。ただし、高度な文明をもっていたことは、クスコの耐震構造などや金の加工技術などからうかがい知しることができる。

 とは言え、例えば、宇宙都市と言われるマチュピチュの住民は、なぜあのようなところに都市を造り、どこに移り住んだのかは、謎である。(おそらくは、インカ帝国の皇帝が、別荘か砦として建造したのではないかというのが、筆者の推測である。それはさておき、)マチュピチュの宇宙都市では、夏至と冬至の時に太陽の光が一点に差し込むような構造が作られていることや、高いところに水を引き入れる高度な水道技術を持っていたようなことをみると、当時マチュピチュの文明は、驚くほど進んでいたことがわかる。

 しかし、文字をもっていなかったため、詳しいことは今ひとつよくわからないままである。文字をもたなかったことが、自らの足取りを不明にしただけでなく、ついには西欧文明に滅ぼされる羽目に陥った、と言うのは酷であろうか。

 話は変わって、チンギス・ハン以前の東アジアに移る。「一二世紀まで、いわゆる「チンギス以前」の北方の遊牧社会は、文明の四つの要素を欠いた。農耕と文字と通貨と暦である。」(堺屋太一「世界を創った男 チンギス・ハン」(111)『日本経済新聞』2006年5月25日)。この四つは現在のわれわれにとっては当然のことであるが、特に文字を欠いていたことは、きわめて注目に値する。このことは、インカ帝国の例を考え合わせれば、理解できよう。しかし、チンギス・ハンの元にとって幸運であったことは、征服した中国文明が、この四要素を備えており、それを取り入れたことである。特に、文字のもつ意味は計り知れないくらい大きい。

 文字によってことばを書き記すことは、文明を継承し、発展させるために、現在・過去・未来にわたって重要な意味をもっていた。人類は、文字を手にしたおかげで、文明を急速に発展することができただけでなく、時間空間を超えることが可能になったのである。

 最近では、文字に加えて、音声を記録して再現したり、後世に残す技術が発達したおかげで、効率のよいことば(と文化)の伝達が可能になっている。さらには、映像によって、文字では伝えられないような情報まで後世に残すことが可能になったのである。

 ということは、今後ますます文明が急速に発展することが予想される。ことば(と文字)によってよりよい文明を作り出し、それを後世につたえるとともに、音声と映像によって、様々な情報を伝える工夫をさらにすべきであろう。と同時に、質のよい文明を発展させて、その恩恵を享受できるようにし、ことばをさらに磨き、科学技術を発展させて、理想郷に近い世界を作り上げてゆきたいものである。

原口庄輔先生の最新刊

2007年3月2日 掲載


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