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日本語をめぐる動きとそれに対する私の立場

真田信治(大阪大学教授)

■「美しい日本語」「正しい漢字」といったものを学びたいという人が急激に増えている。いわゆる「ことば力」ブームである。日本語そのものへの関心の高まりは以前にも何度かあったが、このところのブームは伝統的権威を志向するといった流れに特徴があるように思われる。団塊世代を中心としたカルチャー学習がそれに拍車をかけている。その背景に、「標準日本語」を唯一の規範として日本語ピラミッドの頂点に据えるような意識が潜在していて、その立場から生活日本語を糾弾するような動きがあるとすれば問題である。生きた言語としての生活日本語は、単一的な視点から決めつけられる価値や美醜とはかかわりなく、社会のなかで接触と混交を繰り返し、ダイナミックに変転し続ける存在である。

■危機言語(endangered languages)をめぐる、ある国際学会で、私は日本語方言の現状に関して、故徳川宗賢先生が書き残された、次のようなコメントを披露したことがあった。

  世の中は、いまや旧体制から新体制へとおおきく転換しつつある。そして旧体制時代最末期の記憶をもっている人々がまだ存命のいまこそ、このおおきな転換そのものの実態を具体的に、また詳細に記述することのできる唯一の時代といえるのではあるまいか。流れに沿って歩いてきたわれわれは、いままさに空前のウォーターフォールの前に立っているのである。このすばらしい滝は、もっと上流では見ることができなかったし、またさらに下流に進んでも見ることができなくなってしまうのである。

 このコメントに対して、「旧体制」「新体制」とは何を指すのか、「このすばらしい滝」という表現は、消滅の危機に瀕しているものを逆なでする言い分なのではないか、といった批判が寄せられた。しかし、旧来の身分制度との関連で存立していた日本語の敬語はいまその基盤を洗われているのである。男女差別も現代と70年前とでは、それこそ雲泥の差がある。ここで「旧体制」と称されるもののその内容は明らかであろう。

 私は、郷土愛や伝統志向の基となる古きもののすべてが「良きものだ」とする立場にはくみしない。差別、排除にかかわるようなもの、また偏見によった表現形式などは、反面教師としてその記録を必要とするとしても、保護すべきものではなく、当然消えるべき、あるいは消滅させるべき対象だと考えるものである。

真田信治先生の最新刊

2007年3月30日 掲載


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