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ある「あいまいさ」を考える

福地 肇(東北大学教授)

 誰かが、「隣のお婆さんは、人が嫌がることをする」と言ったとします。この言葉からは、どんなことが読み取れますか。いろいろなことが読み取れるのでしょうが、少なくとも、全く対照的な二通りの意味が読みとれるのではないでしょうか。一つは、このお婆さんが、たとえばごみの集積所で、カラスに食い破られたビニール袋からこぼれ出た生ごみを掃き集めて、毎日その周辺の掃除をする、といったような善意に基づいた行動をするということでしょう。もう一つは、たとえば、しばらく前の新聞ダネにもなったように、故意に無意味な騒音を出して近隣の住民に嫌がらせをする、といった悪意から来る行動をすることが考えられます。

 1つの文が伝えることのできる複数の意味は、ふつう「どちらかあいまいである」と言われますが、例に挙げた文のもつあいまいさの性質は、「ゴミ掃除 vs. 騒音」とか「善意 vs. 悪意」のような具体な行動の例の対比ではなく、言語学的な考えをすれば、「隣のお婆さんは他人が(するのを)嫌がることをする」という場合と、「隣のお婆さんは人が(他人からされるのを)嫌がることをする」という場合の対比で考えることができます。つまり、「人が嫌がる」という言い方の背後に「能動態の形で表現できる文(〜がする)」か「受動態で表現できる文(〜からされる)」のいずれかが隠れているのです。英語で言えば、things that one hates to do と things that one hates to be done by others のようになりますから、文法の好きな方なら、「ああなるほど」と納得が行くと思います。要するに、この文のあいまいさは、文法の形から読み取れる意味が二通りある、ということなのです。

 このようなあいまいさは、いつも残ったまま相手に伝えられるわけではなく、文の他の部分に工夫を施すことで、取り除くことができます。「隣の婆さんは人の嫌がることを(進んで)する」「隣のお婆さんは人の嫌がることを(わざと)する」のように、隠れた意味を取り出しやすい副詞などを添えてやる方法があります。これは、文法的な手段であいまいさを取り除く方法ですが、「お隣のお婆さんは人の嫌がることをなさいます」(隠れ能動文)、「隣のクソは、人が嫌がることをしやがる」(隠れ受動文)のように、全体として丁寧な(あるいはその逆の)表現を使うことで、あいまいさが消えることがあります。

福地 肇先生の最新刊

2007年11月23日 掲載


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